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2002年度(第3回 受賞者)
第3回 徳川宗賢賞受賞論文(2002年度)
- 「台湾における言語接触」『社会言語科学』第4巻2号,2002.
- 簡月真(カンゲッシン)(大阪大学大学院)
- 「指示的、非指示的意味と文化的実践-言語使用における『指標性』について」
『社会言語科学』第4巻2号,2002.
- 片岡邦好(愛知大学)
受賞理由
- 「台湾における言語接触」 簡月真(カンゲッシン)
台湾の4つの言語集団における言語使用の意識調査をもとに、アタヤル語、●(もんがまえ+「虫」)南語、客家語、北京語および日本語の 機能分布の変化実態を分析した実証的な研究である。各民族語の対象者を若年層、中年層、老年層に分け、4ドメイン(家庭、隣家、暗算・祈り、公的な場)に おいてどの言語が選択されているかを探った。そして言語コードレベルの接触において、言語シフト、2言語併用、言語維持、第3言語の採用といった再編成が 進行中であることを詳細なデータで明らかにした。さらに、こうした再編成を促した背景として、学校教育・マスメディアの言語政策、人口・経済、アイデン ティティーなどのさまざまな要因があることを論じている。論文はダイナミックさと緻密さを併せ持ち、言語変化のさまを生き生きと明確に捉えている。調査計画、調査内容、分析のいずれも的確であ り、一地方の言語変化の実態を詳細に明らかにすることにより、台湾における言語接触の特徴を浮き彫りにすることに成功している。先行文献把握の確実さ、方 法論も優れ、主張が明確に整理されたきわめて質の高い論文である。本研究の知見は、台湾のみならず在外華僑社会、言語政策、個々人のアイデンティティー形 成や社会生活の調査や分析など、さまざまな社会学的課題に直接的に示唆を与えるような広がりのあるものであり、受賞にふさわしいと判断された。
- 「指示的、非指示的意味と文化的実践-言語使用における『指標性』について」片岡邦好
言語と文化のインターフェイスの解明に不可欠な概念「指標性」について従来の主要研究を包括的に整理すると同時に、その指標性が関わる諸分野の研究を鋭い洞察力で展望した意欲的な論文である。言語研究はこれまで、情報の指示的(referential)意味機能を主な対象範囲としてきたが、人類の複雑で多岐な社会生活には、 言語の情報伝達以外の指標的(indexical)機能が重要な役割を果たしている。本論文は、文化とその根幹をなす言語との関係を解明する鍵概念「指標 性」について、従来難解といわれてきたシルバースタインをはじめ主要論考を網羅的にかみ砕いて紹介し、その概念が関連をもつ広汎な範囲の諸言語事象を解説 している。例えば,「そちら、あなた、おまえ、てめえ」など同様の指示的意味をもつ2人称代名詞は、その場のコンテクストに応じて選択されたり(前提的指 標)、コンテクストから期待されない形式が敢えて選択されたり(創造的指標)する。本論文はそれらの選択が、話し手・聞き手の社会文化的共通認識に照らし て解釈され,相手を指すという指示的意味に加えて「敬意」や「親しみ」などの指標的意味をかもし出すことを説明し、その過程には、日本文化に埋め込まれた 自他のアイデンティティーの在り方、それを支えるイデオロギーと言語の指標性との相互交 渉がからんでいることを解き明かしている。さらに、言語人類学から認知言語学にいたる広範な分野に論考を広げ、指標性が諸言語事象の文化的解釈に光を投じ るさまを例をあげながら平易なことばで論述している。その内容は、まさに当学会が標榜するトランスディシプリナリー(超領域的)な考え方に貫かれ、今後求 められるべき言語研究の伸展に理論的基盤と指針を提示したといえよう。以上のような点が高い評価を得、授賞にふさわしいと判断された。