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2015年度(第15回 受賞者)

第15回 徳川宗賢賞受賞論文(2015年度)

優秀賞

  • ・該当なし

萌芽賞

  • ・「モスク教室における在日パキスタン人児童のコードスイッチング」『社会言語科学』第17巻 第1号 61頁~76頁
    山下里香(東京大学東洋文化研究所・日本学術振興会)

  • ・「知的障害者への「わかりやすい」情報提供に関する検討―「ステージ」の実践と調査を中心に―」『社会言語科学』第17巻 第1号 85頁~97頁
    打浪(古賀)文子(淑徳大学短期大学部こども学科)

  • ・「相互行為としてのほめとほめの応答―聞き手の焦点ずらしの応答に注目して―」『社会言語科学』第17巻 第1号 98頁~113頁
    張 承姫(関西学院大学大学院・日本学術振興会特別研究員DC)
     ※張 承姫氏は,現在,関西学院大学大学院・日本学術振興会特別研究員PDに所属.

受賞理由

萌芽賞【掲載順】

  • ・「モスク教室における在日パキスタン人児童のコードスイッチング」山下里香
    多言語話者のコードスイッチングは,言語使用の社会的側面を知るうえで重要な現象であり,社会言語学における古典的な研究テーマの一つである.本研究は,在日パキスタン人バイリンガル児童のモスクコミュニティの教室での自然談話を質的に分析することで,この古典的テーマに新たな光を当てている.著者は,コミュニティにおける数年の参与観察と録音された談話データの質的分析に基づいて,児童たちが標準日本語・ウルドゥー語・英語・上の世代が使用する日本語接触変種を,教室においてどのように切り替えているかを探究した.その結果,児童たちは継承語や接触変種を,民族アイデンティティや連帯感の標示として用いるのではなく,自分たちの世代と上の世代との差異を確認し強めながら,世代間の会話の資源として使用していることを明らかにしている.本研究は,これまであまり研究が行われたことのない複雑な調査対象を取り上げ,複数の方法論を組み合わせて丹念な調査を行っている点が貴重であり,実証研究として高く評価できる.談話データの分析はまだ予備的な段階にあるが,さらなる分析の進展によって社会言語学の進展に大きく貢献することが期待できる.以上の理由により,本研究は徳川宗賢賞萌芽賞にふさわしいと判断する.

  • ・「知的障害者への「わかりやすい」情報提供に関する検討―「ステージ」の実践と調査を中心に―」打浪(古賀)文子
     視聴覚障害者や非日本語話者に対する情報アクセスの保証については既に多くの研究や実践例がある.一方,知的障害者に対する情報アクセスの保証,すなわちそうした人々にとってわかりやすい情報の提供については研究の蓄積に乏しく,国内では実践例もほとんどない.
     本論文で著者は,そうした知的障害者への情報提供に関する学術的課題を検討し,それが単に言語的難解度の問題ではないことを明らかにした.また,知的障害者向けの季刊紙「ステージ」の編集担当者への聞き取りを実施し,さらに編集会議7回分の逐語録から,知的障害者にとってどこに理解の困難があったかを分析した.「ステージ」の編集会議には,中・軽度の知的障害者数名が編集委員やオブザーバーとして参加しており,当事者視点からみた問題点が考察できる.論文では,分析結果から,アルファベット表記や長大漢字列,外来語,固有名,数詞等,理解に困難のあった文章表現を8つに分類し,必ずしも一般的なわかりやすさとは一致しない固有の要素があることを示唆した.
     本論文は,これまで研究例の少なかった知的障害者にとっての情報アクセスの問題を,当事者視点から分析し,今後の「わかりやすい」情報提供のための具体的知見を提供したという意味で極めて社会的意義の大きい論文であり,「ウェルフェア・リングイスティックスの精神にのっとる」という徳川宗賢賞の優先的考慮基準にもかなうものである.本論文の筆者には,今後,このテーマでのさらなる研究の展開も期待される.
     以上のような理由から,本論文は徳川宗賢賞萌芽賞としてふさわしいと評価された.

  • ・「相互行為としてのほめとほめの応答―聞き手の焦点ずらしの応答に注目して―」張 承姫
     本論文は,会話相手からほめられたとき,それに同意することによる自画自賛を回避するために,どのような方法を用いて応答しているのかを分析・記述したものである.ほめに対する応答の研究はこれまでも盛んに行われてきたが,本論文は会話相手によってなされたポジティブな評価の焦点を対象の別の側面にずらして応答する方法を取り上げている点に特徴がある.
     本論文は,多数のデータを会話分析の手法を用いて詳細に分析し,ほめに対する「焦点ずらしの応答」がどのように行われているのか,また,ほめが向けられる対象によって焦点のずらし方がどのように異なっているのかを明らかにしている.具体的には,ほめに対する「不同意」や「部分的な同意」といった応答が,ほめの対象である「聞き手自身」や「聞き手が属する場所」というタイプと密接にかかわっているという結論を導き出している.
     このように,本論文は実際の言語使用に見られる行為遂行の機微を精緻に分析し,これまでにない新しい観点から説得力のある独創的な知見を導き出しており,徳川宗賢賞萌芽賞に値する論文として高く評価できる.

徳川賞を受賞して

  • ・山下里香
    国内の多言語使用コミュニティは,構成員が少ない上に,流動的,混質的であるという特徴があります.それゆえに,そこでの言語使用は,これまでの国内の研究の視点や方法論では捉えがたいという困難がありました.この研究は,コードスイッチングを定期的に行っている話者らに出会う機会を得たことや,多言語使用研究に関心の高い先生の存在,また,私が自身の生育的背景から幼少時より多言語使用に強い興味を抱いていたことなど,いくつもの幸運な巡り合わせが重なって生まれたものです.そして,研究大会での発表賞受賞,特別研究員採択,ロンドン大学での研究滞在により,学術的にも心理的にも支えられ,これまで研究を継続することができました.コミュニティの方々,国内外の研究者のみなさまのおかげで,ひとまずある形にできたことは,感慨深く,感謝の思いがこみ上げてまいります.このたびこの栄誉ある本賞を頂けたことは,今後の大いなる励みとなりました.更に意を新たに,言語と社会に関する研究と教育に一層邁進してまいりたいと思っております.

  • ・打浪(古賀)文子
    萌芽賞にご選出いただき,ありがとうございました.大変光栄に存じます.
    また,本論文の執筆にあたり,調査対象である「ステージ」関係各位をはじめ,多くの皆様にご協力頂きました.この場を借りて御礼を申し上げます.
    私が社会言語科学会で初めて報告させていただいたのは2012年の春でした.その際に発表した成果が今回の萌芽賞の論文の一部です.
    そして,その発表がきっかけとなり,半年後の第30回社会言語科学会の学会ワークショップ「だれもが参加できる公正な社会をめざして―情報保障とコミュニケーション―」にお誘いをいただきました.「わかりやすい日本語」をキーワードに領域を超えた方々と議論の場を持ったことが,本論文執筆の推進力となりました.社会言語科学会に関わる皆様とのご縁とお力添えに,心より感謝申し上げます.
    これからも本論文を基に研究を進め,ウェルフェア・リングイスティクスの進展に微力ながら寄与できればと存じます.今後ともご指導・ご鞭撻の程,何卒よろしくお願い申し上げます.

  • ・張 承姫
     本稿は,会話分析により,ほめとほめの応答を分析したものです。ほめに関する研究は多くありますが,会話分析でほめを分析している研究は少なく,どのように分析すれば良いのか不安な日々でした.その度に,優しくご指導いただいた森本郁代先生(関西学院大学),会話分析の面白さを教えてくださった串田秀也先生(大阪教育大学),何度も繰り返して分析にお付き合いくださった先輩方に,この場を借りてお礼を申し上げます.そして,最後の最後まで貴重なコメントと温かい励ましをいただいた査読先生の方にも,改めて深くお礼を申し上げます.
     本稿を執筆した当時は,ただ単にお世話になっている先生方や先輩方に少しでも研究者・会話分析者として認めていただきたく仕上げたものでした.それがこのように高く評価いただけることになり,たいへん嬉しく光栄に思います.多くの皆様の温かい応援がなければ,完成にも至らなかったと思います.今後とも多くの皆様のご応援とご期待に添えるよう,より精一杯努力していきたいと思います.ありがとうございます.