2010年度(第10回 受賞者)

第10回 徳川宗賢賞受賞論文(2010年度)

優秀賞

該当なし

萌芽賞

「聞き手側の語用技能の教授が日本語学習者に与える効果―聞き手反応の教授による聞き手としての認知変容モデル―」
『社会言語科学』第12巻 第1号 93頁~107頁

歌代崇史・柳沢昌義

受賞理由

萌芽賞

「聞き手側の語用技能の教授が日本語学習者に与える効果―聞き手反応の教授による聞き手としての認知変容モデル―」
歌代崇史・柳沢昌義

本論文は,相づちに代表される聞き手反応を日本語学習者に教授することの効果を実験的に検討した論文である.聞き手反応という語用技能の日本語教育上の効果について,明示的な検討課題を掲げ,精密に企画された実験により,その有効性を実証的に示している.
実験は中・上級日本語学習者を対象とし,聞き手反応を教える群(RT群)と教えない群(NRT群)との間で聞き手反応の産出能力,聞き手としての印象 を比較し,RT群で適切な聞き手反応が増加し,印象も向上することを示している.さらに,インタビューの分析により,RT群に,教授後,母語話者の対面会 話を意識的に観察するといった語用意識の向上が見られることを示した.以上の実験・分析は,十分に計画され,正確に統制された,信頼性の高いものであり, 本論文の技術レベルの高さを物語っている.また,結論として提示された,学習者の聞き手としての認知が変容するモデルは説得力があり,単に非母語話者の日 本語学習だけでなく,母語話者のコミュニケーション技能の学習に対しても有効そうな期待も持てる.
日本語コミュニケーションにおける聞き手反応の重要性は古くから指摘されているが,日本語教育の場において その有効性を実証的に示した本論文は,その新規性・影響力の点で優れている.精密な実験手法と認知変容モデルに結びつける視点はトランスディシプリナリー な研究に資し,日本語教育の実場面への応用を指向した研究スタイルはウェルフェア・リングイスティックスの精神にかなっている.今後,教育場面への本格的 な導入が期待でき,徳川賞萌芽賞にふさわしいと評価できる.

徳川賞を受賞して

歌代崇史・柳沢昌義

この受賞は望外の喜びです.また,「学問の共和国」を目指すという徳川宗賢先生の学会設立時の言葉を実現している社会言語科学会でこのように評価されたことは恭悦至極です.
今回の受賞は決して私達だけの力によるものではありません.本稿が論文の形になったのは多くの方々のご協力と御指導が あったからです.まず,実験に参加してくださった留学生の皆さんに感謝申し上げます.そして査読のプロセスを通して,御指導くださった査読者の先生方には 心から感謝しております.本稿は査読者の方々と共に作り上げた知識であると考えております.また,河合剛先生(北海道大学),赤堀侃司先生(白鷗大学), 仁科喜久子先生・赤間啓之先生(東京工業大学)には大変丁寧な御指導を賜りました.改めて深謝致します.最後に,私たちの研究を可能にしてくれた先人達の 努力(研究)の蓄積に敬意を表します.今回の受賞は私達のみならず,聞き手側のコミュニケーション行為に関心を持つ多くの研究者,大学院生にとっても意義 深いものと考えております.これらすべての人々と受賞の喜びを分かち合い,共に今後の励みにしたいと思います.