会長ご挨拶

井上 逸兵(いのうえ いっぺい)

 社会言語科学会は,社会言語学,言語学のみならず,言語やコミュニケーションを広く人間・文化・社会との関わりにおいて研究する仲間たちの学術的なコミュニティです.

 2024年は,一般レベルでの「AI元年」という年だったと思います.いまや言語とコミュニケーションというとAIとの関わりを想起する人も多いのではないでしょうか.この学会でも,AIとの関連を銘打っている研究もありますが,そうでないとしても,これからの社会言語科学は,AIとの関わり,対比,つまりは広くインターラクション(相互作用)を意識せざるをえなくなっていくでしょう.

 さらにこの学会では,さまざまなインターラクションを大切にします.

 まず研究対象としてのインターラクションです.例えば,会話は,言語学,社会言語学を含めた言語コミュニケーション研究の伝統的な研究対象です.音声言語による会話以外にも,手話,ソーシャルメディア(SNS),非言語によるコミュニケーションなど,さまざまなインターラクションがあります.

 そして,コミュニティ内外のさまざまインターラクションもとても重要だと考えます.

 おそらく意識しづらいと思われる一つを先に申しますと,世代間のインターラクションです.学会内には,さまざまな世代の方がいらっしゃいます.学会は,「大御所」たちのためだけのものではありません.かといって,若手が職を得たり昇任したりするための業績づくりをするためだけでもありません.様々な世代のメンバーが楽しく愉快にインターラクションを行うことが,研究の進展と創発につながると信じます.

 最近,年齢がより上の研究者ほど,勤務する大学の仕事が忙しくなってなかなか研究に時間をさけないという話をよく耳にします.悲しいことです.

 個人的な話をしますと,その昔,私が大学教員を志したとき,志した最大の理由は大学教員が自由でヒマそうに見えたことでした.その実,この職についたころは,かなりヒマでした.その後,大学改革の波が押し寄せ,今や,老いも若きも,自由な時間が多い仕事ではなくなってしまったように思います.研究や思索にはぜったいに時間が必要です.

 私が昨今心配しているのは,だいたいの研究者の職である大学教員が,若者にとってかつてほど魅力的に見えていないのではないかということです.いわゆる外資系企業など,最近は,収入面で夢のある仕事が増えてきました.でもそういうところの高収入の人はやっぱりモーレツに働いています.一方,かなりモーレツに働いている大学教員職については,その魅力だった自由時間が,さほど多くもなくなってしまいました.

 そんな時代に,我々のコミュニティがもっとも大切にしたいことは,おもしろさ,愉快さ,楽しさ,探究心,好奇心です.ベテラン研究者も中堅も若手も大学院生も,そこが根幹を成していると私は信じます.そして,それは,一人ではなかなか手に入れにくい.だからこそ学会は必要なのであり,学会の活動はそこに集約されていくべきだと思います.そして,それこそは,AIにぜったいに負けないことでしょう(何の勝負かわかりませんが).あらゆる世代が,愉快に刺激し合い,楽しく,おもしろく,創造的,創発的になれるコミュニティでありたいと我々は思います.

 もちろん,それ以外にも,多くのインターラクションがあります.

 たとえば,学際的交流です.言語学,心理学,社会学,教育学,工学など異分野研究者間の対話と協働はとても意味があります.研究手法として,量的研究者と質的研究者間の方法論の対話,理論と実践のインターフェースとして, 基礎研究者と応用・実践分野の研究者間の交流なども大切です.

 学会運営におけるインターラクションも必要です.さまざまな委員会や役割の内外での合意形成,学会全体の運営,会員間のこのレベルでのやりとりは,学会運営という意味でも,学術的な意味としても重んじるべきです.

 社会との接点という面でのインターラクションも今後さらに問われていくでしょう.学術と一般社会の関わり,研究成果の社会への還元・普及活動,教育現場との協働,特に言語教育者や教育機関との連携,とりわけ本学会が標榜する人のウェルフェアは,我々の大黒柱の理念です.

 また,国際的インターラクションも今後ますますさかんになっていくでしょう.国際学会との連携,海外の学会との学術交流,いわゆる多言語・多文化コミュニケーション,異文化間対話,翻訳・通訳を介した言語の壁を超えた研究成果の共有,知識共有などは,我々のコミュニティの研究対象でもあります.

 新たなプラットフォームを活用したインターラクションは,学会の活動としても研究対象としても,今後さらに議論を深めていくことになるでしょう.デジタルメディアを介した交流,SNS,学会ウェブサイト,メーリングリストなどでの情報共有も必須のことです.

 もちろんこれらを全部一人でやるわけにはいきませんから,メンバーそれぞれがおもしろい,楽しいと思えるところに関わってもらえればと思います. こうして見れば,社会言語科学会とはインターラクションを本義とする学会であり,さまざまなものや人がクロスオーバーするコミュニティであると言えそうです.またそうあり続けていきたいと願います.非会員の方は,一度,研究大会や当学会が企画するイベントに参加してみてください.我々のコミュニティの活気を感じとっていただけるでしょう.もちろんそのようなこれから当学会に関心をもっていただけそうな方々とのインターラクションも我々は大切だと思っています.

2025年4月