2007年度(第7回 受賞者)

第7回 徳川宗賢賞受賞論文(2007年度)

優秀賞

「研究者と参加者の社会的認知とコミュニケーション」
『社会言語科学』

第9巻第1号(2006)4頁-15頁

岡 隆
(日本大学文理学部)

萌芽賞

「話し合いへの印象に影響を及ぼす会話行動:プロの司会者と素人の印象認定の比較および話し合いの相互行為過程の分析」
『社会言語科学』第9巻第2号(2007)77頁-92頁

水上 悦雄
(ATR音声言語コミュニケーション研究所)
森本 郁代
(関西学院大学法学部)
大塚 裕子
(計量計画研究所言語情報研究室)
鈴木 佳奈
(ATR音声言語コミュニケーション研究所)
井佐原 均
(情報通信研究機構(NICT)自然言語グループ)

受賞理由

「研究者と参加者の社会的認知とコミュニケーション」
岡 隆

本論文は,人間から何らかのデータ情報を得る構造の実験・調査が,いわば不可避的に有する方法論上の構造的な問題について,社会心理学の分野から広く社会言語科学の諸分野に向けて,改めての注意喚起と今後の課題提示を行った展望論文である.
本論文は,研究者(実験者・調査者等)が参加者(被験者・回答者等)やその所属集団について持つ様々なステレオタイプを類型化するこ と,あるいは参加者が研究者に抱くステレオタイプの存在を指摘することなどを通して,そうしたステレオタイプから自由でない状況で行われる実験・調査の問 題や得られるデータの問題が改めて批判的に認識されるべきだと主張する.この主張は,実験・調査に依拠する研究を行う様々な分野の研究者が傾聴すべき重要 なものである.
また,本論文は,研究者と参加者の間での「完全な会話」を実現する上で必要となる実験・調査の具体的な工夫や,そうした中からさらに 醸成されうる新しいステレオタイプへの留意が必要だと指摘する.こうした課題提示も,今後の実験・調査の新たな姿を模索していくための,具体的で射程の長 い指摘だと言える.
以上のとおり,本論文は,論文著者の主に位置する社会心理学の領域から,およそ人を相手にして人からの情報を得て研究を構成する社会 言語科学の多くの領域に向けて広く発信された有用な指摘や示唆に富む展望論文であり,そのトランス・ディシプリナリーな姿勢と視野の点で徳川宗賢賞優秀賞 にふさわしい.

【付記】本論文著者は現在,当学会役員・徳川賞選考委員の立場にある.今年度の選考対象論文群(全13編)の一つの原著者である ことに鑑み,本賞選考委員会では選考の公平性を実現するため,今年度審査の開始段階から最終決定段階に至るすべての審査過程に本論文著者が一切関与しない 措置をとった.

萌芽賞

「話し合いへの印象に影響を及ぼす会話行動:プロの司会者と素人の印象認定の比較および話し合いの相互行為過程の分析」
水上 悦雄・森本 郁代・大塚 裕子・鈴木 佳奈・井佐原 均

今日,司法,医療,科学技術などの分野において,専門家と非専門家とのコミュニケーションの重要性が強く認識されるようになってきてい る.このような背景のもと,本論文は,社会調査手法のひとつであるフォーカス・グループ・インタビューにおける専門家としてのモデレータに焦点を当て,そ の特徴を分析している.認知心理研究における熟達者と非熟達者の比較研究の考え方を応用して,プロのモデレータと素人の着目点の違いを明らかにし,その違 いについて従来のコーパス分析の手法を発展させた談話分析を行っている.
方法論,議論に荒削りなところがあるが,コミュニケーションの専門家に焦点を当ててその暗黙知を明らかにしようとする試みは,専門家 と非専門家とのコミュニケーションのあり方へ重要な示唆を与えることが期待されるだけでなく,コミュニケーション研究に新たな地平を開く可能性を秘めてい るといえよう.また,その方向性は,本学会が標榜するウェルフェア・リングイスティックスへ貢献することが強く期待される.これらの点が高く評価され,授 賞にふさわしいものであると判断された.

徳川賞を受賞して

岡 隆

言語とコミュニケーションを研究の核においたトランスディシプリナリーな学会を設立しようという,徳川宗賢名誉会長の呼び掛け に賛同し,この学会の設立の発起人に名を連ねさせていただきました.ちょうど10年前のことです.それ以来,このときの短慮を反省する毎日が続いていまし た.というのは,「トランスディシプリナリー」とはそもそも何であり,それはいかにして可能となるのか,細分化され特殊化されたた心理学の一領域に引きこ もっている私がいかにしたら,それを標榜する学会に貢献できるのか,これらの疑問に答えを出せないままであったからです.それから10年,幸いなことに, 『社会言語科学』で,「実験による言語行動の研究」の特集が編まれ,これらの疑問について,心理学の実験を経験してきた立場から,浅慮ながらも自分なりに 考える機会に恵まれました.徳川名誉会長は本会設立後まもなく急逝され,私自身は直接に先生から多くのことを学ぶことはできませんでしたが,先生の精神を 受け継ぐ本会の多くの方々からのお力添えにより,先生のお考えに少しでも近づくことができたのではないかと思います.ありがとうございました.

水上 悦雄・森本 郁代・大塚 裕子・鈴木 佳奈・井佐原 均

私たちにとって今回の受賞は,大変大きな意味を持っています.本研究は7名の参与者によるフォーカス・グループ・インタ ビューを対象としています.3年ほど前,是非このエキサイティングな相互行為を分析してみたいと研究を開始した頃は,まだ多人数会話を対象とする研究は少 なく,そんな大人数の会話など,どうやって分析するのか,研究の意味があるのか,と研究の妥当性を疑問視する声もよく耳にしました.それでも,一緒に研究 を進める仲間を増やしながら今日まで続けてこられたのは,今後,「話し合いの力」を必要とする社会的な場面が増加することを確信していたからであり,なん とか社会に貢献できるような社会技術に応用できないかという思いがあったからです.ウェルフェアリングスティックスの精神を重視する徳川宗賢賞萌芽賞の受 賞は,私たちのこの思いを評価していただいたとのことで,これほどうれしいことはありません.本研究を進めるにあたって,関わっていただいた全ての皆さま に,この場をお借りして心より感謝申し上げます.