2008年度(第8回 受賞者)

第8回 徳川宗賢賞受賞論文(2008年度)

優秀賞

該当なし

萌芽賞

「糸口質問連鎖」『社会言語科学』
第10巻第2号135頁-145頁

戸江 哲理
(京都大学大学院文学研究科・日本学術振興会)

受賞理由

萌芽賞

「糸口質問連鎖」
戸江 哲理

本論文が扱う「糸口質問連鎖」とは,会話で参加者Aが質問を発し,これに別の参加者が回答するのを一つの契機として,参加者A自身が当の質問で提出した話題について自ら改めて話し始めたり展開したりする発話の連鎖である.論者が「糸口質問」と呼んで注目した会話上の手続きは,参加者が会話の先行きを意図的に制御する手続きとして注目に値する.これは,先行研究で扱われた質問の発話で導入される他の会話手続きとは異なるものであり,論者は参加者の相互行為としての会話の機構を解明するための一つの観点を新たに提出していると評価できる.
また,本論文は,この新たな観点を,具体的な会話資料の分析を通して複数の角度から吟味しているが,その内容はおおむね着実で今後の展開を期待させるものである.
これらの理由により,本論文は徳川宗賢賞萌芽賞にふさわしい.
なお,乳幼児をもつ母親たちの育児にまつわる「悩み」を話題とする会話資料を分析対象とし,「糸口質問」が「悩み語りの前触れ」となる事例に注目して分析を行っていることも,ウエルフェア・リングイスティックスにつながる論の姿勢として評価できる.

徳川賞を受賞して

戸江 哲理

今回の受賞は,望外のことでした.査読者のかたがたから頂いた,25,000字を優に超えるコメントの数々.本稿は,こ れらのコメントに向き合い,くり返し,くり返し書き改めることでようやく実を結んだものです.辛抱強くお付き合いくださった,査読者のみなさん,とくに主査のかた,そして投稿を蔭で支えてくださった,『社会言語科学』編集委員長の生越直樹先生(東京大学)に,改めて深くお礼を申し上げます.また,平素からお世話になっている,串田秀也先生(大阪教育大学)と,会話分析研究会の諸先輩に,このような形でお礼を申し上げるチャンスを得たことは,まったく幸運でした.
本稿の主題は,乳幼児をもつ母親が,どのように育児の悩みを切り出してゆくのか,という点にあります.この主題を選んだ理由のひとつは,この会話の手続きが,子育て支援の現場にいるスタッフや利用者のみなさんにとっても,大切な課題だと思われたからです.この意味で,ウェルフェア・リングィスティックスを掲げる本賞の受賞に,たいへん勇気づけられました.調査に協力してくださったみなさんにも,改めて厚くお礼申し上げます.
子育て支援の調査を始めて今年で4年目ですが,本賞という最高の「糸口」を頂いたことを励みに,鋭意,調査と研究を進めてゆきたいと思います.ありがとうございました.