2011年度(第11回 受賞論文)

第11回 徳川宗賢賞受賞論文(2011年度)

優秀賞【掲載順】

「法廷談話実践と法廷通訳―語用とメタ語用の織り成すテクスト―」
『社会言語科学』

第13巻 第2号 59頁~71頁

吉田 理加
(立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科博士後期課程,スペイン語通訳者)

「パラグアイ日系社会におけるアクセントの継承と変容―パラグアイの広島県人家族を対象に―」
『社会言語科学』

第13巻 第2号 72頁~87頁

中東 靖恵
(岡山大学大学院社会文化科学研究科准教授)

萌芽賞

「手話会話に対するマルチモーダル分析―手話三人会話の二つの事例分析から―」
『社会言語科学』

第13巻 第2号 20頁~31頁

坊農 真弓
(国立情報学研究所)

受賞理由

優秀賞【掲載順】

「法廷談話実践と法廷通訳―語用とメタ語用の織り成すテクスト―」
吉田 理加

本論文は,日本の法廷通訳を介した談話実践にみられる「メタ語用」の過程の分析を通し,そこでのやりとりが無意識的な「語用・文化イデオロギー」よって当該の者たちが意図しないテクストとしていかに構築されうるかを論じたものである.
事例として,証言の信憑性に資する「一貫性」について,訳出された(非)「一貫性」がメタ語用作用を通して構築される「文化的」なものであること,通 訳人の訳出は原発話と同一と想定されるが,実際には解釈に影響を与える詩的談話構造の構築に参与すること,法廷談話が,意識されにくい「常識」などの語 用・文化イデオロギーなどを介して生み出されること,などを説得的に論じている.「メタ語用」という道具立てを用いて,法廷通訳談話が相互行為的に構築さ れるありようを見事に浮き彫りにしていることが第一に高く評価される.
本論文を高く評価するもう一つの点は,ウェルフェアリングイスティックスとしての意義のである.市民感覚の 反映を企図したとされる裁判員制度だが,本論文は,法廷で前提化された「常識」が日本の中流階級的なイデオロギーの体現であることを談話実践の分析を通し て指摘し,裁判員間で共有されると,合理的で客観的なものとして正当化される可能性を論じている.裁判員制度の導入による変容が通訳を介した法廷談話や判 決に与える影響,通訳を介した法廷談話の公正さに通訳人の果たすべき役割,などの問題に再考をうながすものである.
 本論考は,社会言語科学,ウェルフェアリングイスティックスにおける大きな貢献であり,徳川宗賢賞優秀賞に値するものである.

「パラグアイ日系社会におけるアクセントの継承と変容―パラグアイの広島県人家族を対象に―」
吉中東 靖恵

本論文は,パラグアイに住む広島県からの移住者たちのアクセントを調査したものである.調査の結果として,世代的な変動がとらえられ, 多くは若い世代が共通語・東京語アクセントに変化している.しかし,そうではない変化も一部に見られ,それは日本国内の広島市に見られる変化の方向と同一 であった.
従来,日本語のアクセントの研究は,日本国内を主たる地域として行われてきた.海外でこういう研究が行われたというのは,新しい研究領域を切り開くものであり,研究としての価値が極めて高いものであるといえよう.
本論文を読むと,過去のアクセント研究や移住と言語変容研究を踏まえて調査が企画されており,項目の選び方や調査の方法など,細かいところまで目が行き届いている.調査結果を集計・分析する際にも,従来の知見を活かしつつ,妥当な方法で丁寧にデータを扱っている.
 特に,広島方言においてアクセント変動が見られる語はパラグアイでも同様の変動が見られるという並行性の発見は驚くべきことである.
 この研究は,従来のアクセント研究や移住と言語変容研究に大きな進歩をもたらすものであるとともに,パラグア イに住む日系人たちにとっても重要な意味を持っており,日本語を保持するべきか,スペイン語へとシフトするべきかを初めとする現地でのライフスタイルを考 える上でも示唆するところが多い.
広島からパラグアイへの移住者を対象に,新しい研究領域を切り開いたことは,社会言語科学の分野に対する大きな貢献であり,徳川宗賢賞優秀賞に値するものである.

萌芽賞

「手話会話に対するマルチモーダル分析―手話三人会話の二つの事例分析から―」
坊農 真弓

本論文は,手話言語が日常場面でどのように用いられているかについて詳細なデータ分析をもとに議論したものである.従来の「言語中心的 な手話研究」から日常場面での使用に焦点を当てた「コミュニケーション論的な手話研究」へのパラダイムシフトを試みる,革新的な論文である.
これまでの手話研究が,「言語」としての手話を社会に認知させるため,ジェスチャーや視線などの(音声コミュニケーションでいうところの)「非言語」 的側面を排除してきたのに対して,本論文では,むしろ「言語」としての手話表現と「非言語」としての手話表現を接合することで手話による日常的コミュニ ケーションの実態を明らかにしている.従来の手話研究者や手話使用者から反感を招きかねない方向性をあえて取ることで筆者が目指していることは,日常や社 会の中で使われる本当の意味での「言語」として手話を位置づけることである.この姿勢はまさにウェルフェアリングイスティックスの精神に則ったものであ り,その社会的意義は極めて大きい.また,ジェスチャーの記述手法を手話会話の記述に援用したり,順番交替や発話重複など会話分析の視点を分析に持ち込ん だりしている点でトランスディシプリナリーな色彩が強く,その研究スタイルは極めて独創的で斬新である.
今後の手話研究の展開に大きな影響力を持つと確信できる論文であり,徳川賞萌芽賞にふさわしいと評価できる.